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短刀
銘 備前國住長舩祐定
永禄二年八月日
(びぜんこくじゅうおさふねすけさだ)

Tanto
signature Bizen koku ju Osafune Sukesada
Eiroku 2 nen 8 gatsujitsu



備前国 永禄 457年前


刃長 (hacho)

七寸九厘
(21.5cm)

反り (sori)
内反り僅少
( a little inner curve)
元幅 (motohaba)
六分八厘(2.1cm) 重ね (Kasane) 一分九厘半(0.59cm)

金着二重ハバキ
白鞘入
昭和47年和歌山県登録(6月30日 15486号)
保存刀剣鑑定書
certificate
NBTHK (Hozon)

価格 35万円
Price 350,000 JPY


 永禄二年紀の祐定の短刀。この年、一族争いに勝利し、尾張を統一した織田信長は上洛し、将軍義輝に謁見。この二か月後、越後から上京して義輝に謁見したのが上杉景虎、後に信長の最大の脅威となる上杉謙信であった。天下統一へと激しく動き始めた歴史の流れの中で、信長自身が己の命運を賭けて強敵今川義元を桶狭間で迎え撃ち、雄名を天下に轟かせるのは翌年五月のことであった。
 この短刀は真の棟に造られ、身幅重ね尋常でごく僅かに内に反った端正な姿。地鉄は板目肌、僅かに流れごころの肌を交えて詰み、小粒の地沸厚くついて映り立ち、温順味ある肌合い。刃文は直刃、微かに小互の目を交えて浅く湾れ、小沸ついて刃縁明るく、処々ほつれ、金線、砂流しかかり、刃中も明るい。茎には大振りの鑚使いで備前國銘が刻されている。高位の武士が「もはやこれまで」という時、自らを処するべく所持した一振であろうか。戦国の風をよく伝えている。

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短刀 銘 備前國住長舩祐定 永禄二年八月日

短刀 銘 備前國住長舩祐定 永禄二年八月日 差表 鋒
短刀 銘 備前國住長舩祐定 永禄二年八月日 差裏 鋒

日本刀販売品 短刀 無銘(末関) 差表 差裏 鋒