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脇差
銘 於東叡山麓藤原國吉造
應塙寛度之需
宝暦十四年甲申二月吉日

Wakizashi
signature Oite Toei sanroku Fujiwara no Kuniyoshi tsukuru
Hanawa Hironori no Motome ni ozu
Horeki 14 nen Kinoe-saru 2 gatsu kichijitsu



武蔵国 宝暦 約252年前

Musashi prolvince,Horeki era, about 252 years ago

刃長 (hacho)

一尺七寸四分二厘半
(52.8cm)

反り (sori)
四分五厘
(1.36cm)
元幅 (motohaba)
一寸二厘(3.1cm)
先幅 (sakihaba)
六分九厘(2.1cm)
棟重ね
(Mune-gasane)
二分三厘(0.7cm)
鎬重ね
(Shinogi-gasane)
二分四厘強(0.75cm)


彫刻 表裏 棒樋丸止め
金色絵二重ハバキ
白鞘入
昭和29年愛知県登録(7月26日 15998号)
保存刀剣鑑定書
certificate
NBTHK (Hozon)

価格 40万円
Price 400,000JPY


 江戸後期、医学の進歩は目覚ましく、特に将軍吉宗は目安箱の投書をきっかけに小石川養生所を設置し、医学洋書の輸入を認めるなど、医学の発展を推奨。当時の医療は症例・症状に応じて調薬服用するもので、薬学の発展は目覚ましかった。
 表題の藤原國吉(くによし)の宝暦十四年紀(注1)の脇差は九代将軍家治の治世、養拙斎と号し『白丹砂糖煉方』『生々乳法(注2)』を著した塙寛度の特別の需で精鍛された一振。身幅広く重ね厚く、棒樋掻かれ、反り浅くついて中鋒の精悍な姿。地鉄は小板目肌、刃寄り棟寄りに柾を配して強く練れ、黒光りする地景が入って肌目が明瞭に立ち現れ、小粒の地沸が均一について鉄色明るい。得意の直刃のは紋は小沸ついて刃縁明るく、刃境に湯走り、金線・砂流し、ほつれ、打ちのけがかかって、二重刃となり、小足無数に入る。刃中は匂いで澄む。帽子はよく沸づき、掃き掛けて小丸に返る。茎仕立ては丁寧で、銘字が入念に刻されている。同作中の最右翼と称すべき逸品。國吉は江戸後期の江戸の刀工。槍の名手山城守國重一虎に学び、直刃出来の堅実な作を打ち、茎には長曽祢乕徹の鍛刀地と同じ、「於東叡山麓」(現在の上野動物園辺り)を冠した銘文を刻している。本作のように注文主が判然としている刀の遺例は極めて少ない。

注1 「天明七年八月日應中村氏需」と銘した二尺二寸三分の刀(『新々刀大鑑巻之一』)の他、『日本刀銘鑑』に文政元年紀の作がある。
注2 生々乳は仙薬の一種で、梅毒にも効果があり、高値で売買された薬の原料。

 

脇差 銘 於東叡山麓藤原國吉造 應塙寛度之需 宝暦十四年甲申二月吉日
脇差 銘 於東叡山麓藤原國吉造 應塙寛度之需 宝暦十四年甲申二月吉日

脇差 銘 於東叡山麓藤原國吉造 應塙寛度之需 宝暦十四年甲申二月吉日 差表 鋒
脇差 銘 於東叡山麓藤原國吉造 應塙寛度之需 宝暦十四年甲申二月吉日 差裏 鋒
脇差 銘 於東叡山麓藤原國吉造 應塙寛度之需 宝暦十四年甲申二月吉日 差表 鋒
脇差 銘 於東叡山麓藤原國吉造 應塙寛度之需 宝暦十四年甲申二月吉日 差裏 区上

脇差 銘 於東叡山麓藤原國吉造 應塙寛度之需 宝暦十四年甲申二月吉日 差裏 中央

脇差 銘 於東叡山麓藤原國吉造 應塙寛度之需 宝暦十四年甲申二月吉日 差裏 鋒

日本刀販売品 短刀 無銘(末関) 差表 差裏 鋒