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脇差
銘 豊後守来國義
      延宝七年二月吉日
黒石目地塗鞘軍刀拵
  

Wakizashi
signature Bungo no kami Rai Kuniyoshi
Enpo 7 nen 2 gatsu kichijitsu
come in Kuro ishie-ji nuri saya, Gunto koshirae
(military style)

ご成約を賜りました Sold out



山城国-武蔵国 江戸時代 延宝 338年前

Yamashiro prolvince - Musashi province, Edo period, Enpo era, 338 years ago

刃長 (hacho)

一尺五寸五分七厘
(47.2cm)

反り (sori)
二分九厘
(0.9cm)
元幅 (motohaba)

九分七厘(2.96cm)

先幅 (Sakihaba)

六分九厘(2.1cm)

棟重ね
(Mune-gasane)
二分一厘
(0.64cm)
棟重ね
(Shinogi-gasane)
二分二厘(0.67cm)

銀色絵一重ハバキ
昭和40年千葉県登録(8月19日 18965号)

黒石目地塗鞘軍刀拵
Kuro ishime-ji nuri saya, gunto koshirae
拵全長 二尺八寸三分八厘(86cm)
柄長 七寸七分五厘 
(23.5cm)
鞘長 二尺二分二厘強
(61.3cm)


金具 石目地に桜花文鋤出彫 兜金に丸に剣酢漿紋
鐔 銀地葵木瓜形毛彫 大切羽に桐文毛彫



 


 名作の脇差が収められた、切羽一枚に至るまで健全保存された軍刀拵。桜花文図の金具で装われ、家紋が付された兜金の猿手、鞘止(駐爪)も健在。携帯し易い長さで、操作性も優れている。
 脇差の作者は豊後守國義。本国は山城国京で、信濃守信吉、越前守信吉らの一族(注)。江州彦根で打った後、武家の新都江戸へ出て槌を振るった。身幅重ね充分で、鎬筋やや強く張り、反り極浅くついて中鋒の延宝頃の脇差姿。地鉄は小板目に板目を交えて詰み、小粒の地沸均一について鉄色晴れやか。刃文は互の目に丁子、尖りごころの刃、箱がかった刃、袋型の刃を交えて起伏がつき、刃中に匂が充満して焼刃は締まり、帽子は小丸、端正に返る。切れ味の良さを直感させるに充分の一振。茎の保存は良好で、太鑚の銘字が鮮明。長曾根乕徹・興正親子・法城寺正弘ら江戸の業物作者と鎬を削った優工國義の脇差を帯び、決死の覚悟を以て赴任した軍人の忘れ形見である。

注 : 「来」を冠するのは山城国出身故であろう。

薙刀造直し脇差 無銘 吉井
薙刀造直し脇差 無銘 吉井


脇差 銘 豊後守来國義 延宝七年二月吉日 差表 区上
脇差 銘 豊後守来國義 延宝七年二月吉日 差表 中央
脇差 銘 豊後守来國義 延宝七年二月吉日 差表 鋒

脇差 銘 豊後守来國義 延宝七年二月吉日 差裏 区上

脇差 銘 豊後守来國義 延宝七年二月吉日 差裏 中央

脇差 銘 豊後守来國義 延宝七年二月吉日 差裏 鋒