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菖蒲造脇差

銘 尾嵜長門介正隆
嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌


Shobu-zukuri Wakizashi
signature Ozaki Nagato no suke Masataka

Kaei 6 nen Mizunoto-Ushi 2 gatsubi
Enichisan Hoken no migiri



摂津国 嘉永 160年前
Settsu province, Kaei era (the end of the Tokugawa shogunate period="Bakumatsu")
about 160 years ago

刃長 (hacho)

一尺三寸六厘
(39.6cm)

反り (sori)
三分九厘
(1.2cm)
元幅 (moto-haba)
九分五厘(2.88cm)
 

棟重ね
(Mune-g
asane)

五厘強(0.18cm)
鎬重ね
(Shinogi-gasane)
二分(0.62cm)

素銅地一重ハバキ
fitted with Suaka single Habaki
彫刻 (表)梵字
engraving (Omote) Bonji
白鞘
come in a magnolia scabbard
昭和57年三重県登録(6月15日 42929号)

保存刀剣鑑定書
certificate NBTHK (Hozon)

価格 25万円
Price 250,000JPY


 正隆は助廣張りの濤欄乱で一世を風靡した名工尾崎助隆の孫で、享和二年の生まれ(注1)。摂津国大坂の他、山城国京、武蔵国江戸でも槌を振るい、加えて刀身彫にも才能を発揮した優工である。
 この脇差は伊勢国津の名刹・恵日山観音寺の宝剣の余鉄を以て鍛造された一振で、身幅十分にて鎬地の肉が削がれ、鎬筋が鋒に通り、強く反りついて、さながら菖蒲の葉を想わせる鋭利な姿。差表の中央部に梵字が刻され、厳かな雰囲気。地鉄は鎬地を強い柾目、平地は小板目に板目、刃寄りに柾を交え、細かに肌目起ち、小粒の地沸が厚くついて地肌サクサクとし、鉄色明るい。刃文は焼高い互の目が二つ三つと連れ、尖りごころの刃を交えて広狭高低に変化して祖父助隆の濤欄の名残を留め、よく沸ついて刃縁明るく、刃境に長い金線、細かな砂流し盛んにかかり、足長く射し、よく沸づいて刃中も明るい。帽子は焼高く、横に展開して長めに返り、鎬地にも焼かかり、一段と肌目が鮮やか。茎の保存状態は良好で、今尚底白く輝き、化粧つく筋違鑢で仕立てられ、銘字が神妙な鑚使いで刻され、祖父同様、表銘の一字上から刻された年紀と恵日山宝釼之砌の銘字が鮮明。正隆の足跡と技量を伝える佳作である。登録証から昭和五十七年に三重県で発見されたことが分かり、地元で大切に保存されていたものである。

注 : 伊勢国阿漕ケ浦の漁夫の網で聖観音像が引き上げられたことにより和銅二年創建。戦国期荒廃するも、慶長十三年津に築城せんとした藤堂高虎が城の鬼門に位置した同寺を大いに保護し、本堂を再建し、法具、寺領を寄進し栄えた。

注 : 『日本刀銘鑑』に「文久三年六十二歳作がある」と記されている。また『日本刀工辞典 新刀篇』に慶應四年二月日紀の六十七才作がある。

脇差 銘 尾嵜長門介正隆 嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌
脇差 銘 尾嵜長門介正隆 嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌

脇差 銘 尾嵜長門介正隆 嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌 差表 区上
脇差 銘 尾嵜長門介正隆 嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌 差表 中央
脇差 銘 尾嵜長門介正隆 嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌 差表 鋒
脇差 銘 尾嵜長門介正隆 嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌 差裏 区上

脇差 銘 尾嵜長門介正隆 嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌 差裏 中央
脇差 銘 尾嵜長門介正隆 嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌 差裏 鋒 脇差 銘 尾嵜長門介正隆 嘉永六年癸丑二月日 恵日山宝釼之砌 ハバキ